秩父三十四箇所の第4番札所 高谷山 金昌寺の御朱印,みどころは仁王門の大わらじと1300体の石仏群

秩父三十四箇所の第4番札所である高谷山金昌寺のみどころは仁王門。とても大きなわらじが印象的で上層には西国札所の本尊石仏や五百羅漢像が安置されているので見ごたえがある。また金昌寺には1300体以上の石仏群が至るところに並んでいるほか、江戸時代につくられた役小角像も安置されている。とても見どころの多いお寺なので秩父観光での寺めぐりで一度は訪れたい場所のひとつだ。

秩父三十四箇所の第4番札所 高谷山 金昌寺の御朱印,みどころは仁王門の大わらじと1300体の石仏群

高谷山 金昌寺 (新木寺)は埼玉県秩父市にある曹洞宗の寺で、秩父三十四観音霊場の第4番札所だ。
埼玉県秩父市山田1803に位置する。
近くには新木鉱泉や不動の湯、美やま温泉に山田温泉などもあり、秩父観光や旅行がてら訪れるのもおすすめだ。
本尊は十一面観世音菩薩で、像高107cm、室町時代の作とされる。
また、慈母観音の石仏も県指定有形民俗文化財に指定されるなど見どころとなっている。
御詠歌は「あらたかに 参りて拝む 観世音 二世安楽と 誰も祈らん」だ。

高谷山金昌寺 の楽しかったところ
・仁王門(山門)の大わらじと無数の石仏

高谷山金昌寺 で得られるもの(ご利益など)
・子育て観音があるので安産や育児祈願
・健脚祈願(大わらじ)

高谷山金昌寺 はこんな人におすすめ
・スカイリムで大立石めぐりが楽しかった人

高谷山金昌寺 へのアクセス

住所:〒368-0004 埼玉県秩父市山田1803
最寄駅:西武秩父駅からバスで皆野駅で金昌寺前で下車。
徒歩:40-50分

前の札所「常泉寺」 || 次の札所「語歌堂

金昌寺の御朱印

金昌寺の御朱印画像

金昌寺のみどころ

仁王門

金昌寺の顔である山門の大わらじ。健脚祈願のご利益があるとか。

秩父札所三十四の中でも、最も豪華な山門と言えるだろう。
仁王門も見どころであるが、高谷山 金昌寺 (新木寺)は石仏の寺としても有名だ。
大わらじがかけられた仁王門をくぐれば、石仏が点在しているのが目に入ってくる。
境内には、なんと、1,300余体もの石仏群があるのだ。

本堂は三間四面、様式は唐様、山門には仁王像が安置されている。
階上には縁をまわして石仏の五百羅漢がある。

仁王像

こちらが金昌寺の仁王像。

秩父札所で最大の仁王像。

西国札所の本尊を模した石仏。

境内

石仏 ( 県文化財指定 )

高谷山 金昌寺 (新木寺)のもう1つの見どころは、1,300体を超えるという石仏である。

この石仏は天明3年(1783年)に起こった浅間山の大噴火により大飢饉が起こり、飢饉が落ち着いた寛政初年に、当時の住職だった古仙登無和尚が、噴火や飢饉による多くの死者を弔うために、千体石仏の安置を発願したことが発端だ。
江戸や地元の武州の商人や豪農家をはじめ、紀州家や越前家などの大名家奥女中の名を刻んだ石仏も見られ、地域を超えて有力者などが寄進した。

境内に並ぶ無数の石仏1319躰。かつて写真がなかった時代は子をなくした親がこれらの石仏の中から我が子の面影を探していたという。

当時は、3,800体ほど並べられていたとの言い伝えがある。

観音堂

画像右側に見えるのが子育観音。

高谷山 金昌寺 (新木寺)の本堂は、江戸中期のものだ。
仁王門から石段を登った右手に観音堂があり、ご本尊の十一面観世音が鎮座している。

銅板宝形造り、正面舞台造り、方三間造り。垂木に至るまで朱塗りの観音堂。

色あせてしまっているが元は極彩色の軒下彫刻。
子育て観音像

もう1つの見どころであり、ご利益があるのが、子育て観音像である。


本堂の回廊右手に回ると、子育て観音像が優しくまなざしを向けている。
膝に抱く赤子に豊かな乳房をふくませようする姿は、まさに母性にあふれていると言えよう。
手が触れられる位置にあるため、訪れる女性の中には、そっと手を触れ、子宝祈願や子供が元気に育つようにと祈る人も多い。


子育て観音像を寄進したのは、吉野屋半左衛門と言われている。
吉野屋半左衛門は高谷山 金昌寺 (新木寺)のご本尊である十一面観世音菩薩の霊験により、子供を授かったご利益を得た。
しかし、その後、子供と妻を相次いで失ってしまったのだ。
そこで、生前の母子の姿を浮世絵師に依頼して下絵を描かせ、この仏像を建立して寄進し、妻子の供養をしたと言う。

稲荷神社

寺の外には神社もある。かつての神仏習合時代の名残だろう。

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高谷山 金昌寺 の歴史


金昌寺は通称として、新木寺と呼ばれている。
なぜ、この通称が付いたのかといえば、寺伝によれば、ご本尊が巡礼姿の娘に変身され、悪心の荒木丹下という男を改心させて仏道へ導いたという言い伝えがあるためだ。
そのため、新しい気持ちになった男になぞらえ新木寺と呼ばれるようになった。
荒木寺の観音はもともとは高篠山の山中にあったのを、いつの頃からか荒木へ遷座されたとの記述が、「秩父三十四所観音霊験円通伝」「秩父回覧記」「新編武蔵風土記稿」といった古書に記録されているが、いつなのか歴史は定かではない。
昭和三十二年に行われた学術調査報告によれば、本尊の十一面観音像は漆箔彫眼の室町時代作であり、脇侍の寄木造り玉眼入りの地蔵菩薩像は鎌倉時代末期のものとされた。
地蔵菩薩像は、もともとは金昌寺旧本堂の本尊であったとの調査報告が出されている。
この調査によれば、境内の六角堂には修験道の開祖とされる役行者像があることも報告されており、修験者との関わりが深かったとも見て取れる。
この役行者像は寄木造りで、江戸時代の作であることも報告された。

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