秩父三十四箇所の第13番札所 慈眼寺のみどころは観音堂

秩父三十四観音霊場の第13番札所の旗下山 慈眼寺。みどころは観音堂でコンパクトに収まったデザインと色あせた質感、梁に掘られた見事な彫刻が実に素晴らしい。

秩父三十四箇所の第13番札所 慈眼寺のみどころは観音堂

旗下山 慈眼寺は秩父市街の中心部にあり、西武鉄道の西武秩父駅や秩父鉄道の御花畑駅から一番近い札所であり、境内には秩父札所連合会の事務所もある。
札所巡礼に必要な用品もすべて揃えられるうえ、駅からすぐという場所であるため、札所巡りをこの13番札所からスタートする方も多い。

秩父 13番札所 慈眼寺へのアクセス

住所:〒368-0042 埼玉県秩父市東町26−7
最寄駅:秩父鉄道御花畑駅
徒歩:約2分

本尊は聖観世音菩薩で御詠歌は「御手にもつ 蓮のははき 残りなく 浮世の塵を はけの下寺」

前の札所「野坂寺」 || 次の札所「今宮坊

旗下山 慈眼寺のみどころ

山門

寺に着くと、黒塗り一部彩色の瓦葺き単層仕上げの薬医門様式の山門が目に入る。
山門をくぐると右手に経蔵がある。
一切経1630巻が納められており、輪蔵を回すことで一切経の功徳が得られると言う。
また、秩父札所の縁起で開創者と言われる十三権者の木像も安置されており、13番という番号ではあれ、巡礼のスタートにふさわしい。

ここにも鳥居が置かれている。神仏習合時代の名残をいまだ残しているということは、秩父の古刹が地域住民達からどれだけ大切にされているかの証でもある。

観音堂

石積壇上に本堂が立てられ、三間四面で表軒唐破風つきの入母屋造は、秩父札所の中でも屈指の素晴らしさである。

薬師瑠璃光如来は、あめ薬飾として親しまれており、7月8日の縁日には「め」と書いた絵馬が奉納され、薬師堂では僧侶の読経と太鼓の音が一日中鳴り響いて、祈祷が執り行われる。
境内では慈眼寺名物のメグスリノキのお茶である「眼茶(めちゃ)」や「薬師あめ」、黒ごまが入った 「ぶっかき飴」が飛ぶように売れ、山門前にも多くの露店が立ち並んで賑わいを見せ、秩父を代表する祭りの一つに数えられている。

メグスリノキ

聖観世音立像の本尊のほか、目の仏様とされる薬師瑠璃光如来が祀られているため、全国から目の病など目に悩みを持つ人、芽を伸ばしたい人が参拝に訪れる。
毎年1月8日は初薬師、7月8日にあめ薬師という2つの大祭があり、5月8日には花まつり、そのほか、毎月8日には月例祭が行われているのも見逃せない。
中でも、あめ薬師は通常時であれば、2万人もの参拝客が訪れるほどの盛況な大祭だ。

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旗下山 慈眼寺の歴史

旗下山 慈眼寺は780年前に小さな祠から始まったと伝えられている。
山号は、この場所が太古の昔、日本武尊が東国遠征の際に立ち寄った折、御旗を建てさせて、旗の下と呼ばれるようになったことに由来する。
つまり、寺の草創のはるかに昔から、この地は霊地だったというわけだ。
この霊地ではさまざまな言い伝えが残されている。
瑠璃色の空が輝き、笛や琵琶、太鼓、法螺の声がし、それを諸々の菩薩が歌詠讃歎したことで、この地は檀の下とも呼ばれたと言うのだ。
ある晩、音楽が響き渡って、清らかながらも、妙な音が聞こえたと言う。
夜が明けると、観音様が岩の上に降臨していたと言うのだ。
里の人々は大変喜んで、観音様に永くこの地にとどまってもらい、人々の救済や平安を守ってもらいたいと考え、観音堂を造ることにした。
富ある居士は金を出し、庶民は土木を運んで、里山の人々がみんなで力を合わせたことで、観音堂はあっという間に完成したと言う。
観音様の開廟の日に、一人の僧がやってきて、ご本尊を拝むと次にようなことを言ったと言う。
「この観音像は行基の彫刻である。この地に縁のある像として、謹んで供養したまえ。」
すぐに姿を消した僧こそ、行基菩薩だったと言うのだ。
その後、時を経て文歴元年(1234年)に秩父札所が創設された。
文明18年(1486年)になり、秩父市宮地の曹洞宗広見寺2世、東雄朔法大和尚を御開山として迎え、慈眼寺が開山される運びとなった。
なお、本堂は明治11年(1878年)の秩父大火で焼失しており、現在の本堂は明治34年(1901年)に一番四萬部寺の本堂を模して再建されたものである。

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