秩父三十四箇所の第20番札所 法王山 岩之上堂のみどころは緑に囲まれた観音堂

秩父三十四箇所第20番札所 法王山 岩之上堂。石標から見える緑に囲まれた観音堂の姿が景色として完成されている。とても美しい。その光景こそが最大のみどころと言っても良い。我々が訪れたのは夏だったので周囲は緑一色だったが、これが春だったら桜一色、秋だったら黄金一色に染まるのだろう。

春夏秋冬、季節の変わり目ごとに訪れたいと思わせる美しい場所。

秩父三十四箇所第20番札所 法王山 岩之上堂のみどころは緑に囲まれた観音堂

岩之上堂は埼玉県秩父市にある臨済宗南禅寺派の寺で、秩父三十四観音霊場の第20番札所だ。
埼玉県秩父市寺尾2169に位置する。
本尊は聖観世音菩薩だ。
御詠歌は「苔むしろ しきてもとまれ 岩の上 玉のうてなも 朽ちはつる身を」である。

法王山 岩之上堂へのアクセス

住所:埼玉県秩父市寺尾2169
最寄駅:西武秩父駅大野原下車で徒歩20分,あるいは小鹿野車庫行きバス秩父橋下車徒歩5分。

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法王山 岩之上堂のみどころ

岩之上堂
なんかラピュタっぽい。

岩之上堂に向かうには、秩父橋で荒川を渡り、二十番の標識が現れれば、もうすぐそこだ。

山道

岩之上堂
いきなりの見どころ。この光景を見ただけでも来てよかったと思えた。このエモさ、わかって頂けるだろうか。

樹木に囲まれた自然豊かな小道を下っていけば、岩之上堂の観音堂の前に出る。

岩之上堂

その昔、巡礼に訪れる人は荒川を渡し船で渡って、観音堂前の大覗岩の下にあった奥の院から石段を登り、観音堂に向かったと言われている。

岩之上堂
岩之上堂の境内

観音堂

岩之上堂

観音堂は三間四面の方形造で内陣には見事な春日厨子があり、秩父札所においても屈指の建築物と評されている美しいお堂だ。

岩之上堂

堂内に宮殿型の厨子が納められ、観音開きの扉の裏に日天、月天、風神、雷神が描かれ、観音三十三応身の彫刻も施されており、秩父市指定の史跡にもなっている。

岩之上堂

本尊は寄木漆箔で像高67.5cmの聖観世音立像で、藤原時代の作だ。
観音堂の周囲には春は桜、秋にはモミジが美しく、花笠やおさると呼ばれる色とりどりの千匹猿が吊るされている光景も美しい。

岩之上堂

岩之上堂

観音堂から荒川へ向かって石段を降りると、乳水場と呼ばれる奥の院がある。
かつての巡礼者は船で荒川から訪れ、奥の院から観音堂へと上がってきたと言うが、現在は奥の院と繋がる歩道が整備されておらず、危険なことから、奥の院は非公開となっている
奥の院には乳水場と呼ばれる洞窟があり、昔、乳の出ない母親が洞窟の天井から滴る水を飲むと乳が出るようになったという言い伝えがあり、重湯やお粥をこの水で炊いて赤ちゃんに食べさせると元気に育つなどと言われていた。

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岩之上堂の歴史

岩之上堂は江戸時代から現在まで続いている秩父地方の旧家、内田家の個人所有であるが、秩父市の史跡にも指定され、20番札所として公開されている。
岩之上堂の観音堂は秩父札所の中では最も歴史の古い建築と言われており、江戸時代初期の造営と見られている。
現在の堂守である内田氏の先祖である内田武左衛門尉政勝が、自らの資金に加え、武蔵、相模、駿河など近隣地域をはじめ広域からの勧募をもとに25年の歳月をかけて造りあげたと伝えられており、美しい彫刻などで意匠が凝らされた非常に手の込んだ建築だ。
25年の歳月がかかったのも、うなずける。
その後、元禄年間(1688年~1704年)に内陣、宝永年間(1704年~1711年)に彫刻の補修が行われた記録が残されている。
地元、旧家の所有だけあり、細かくメンテナンスもされて、美しさを維持されている価値の高い観音堂だ。
岩之上堂の縁起については「円通伝」にさらに古くからの歴史が記されている。
それによれば、応仁の頃、神社があったが、里人が離散し、朝清めする者も、仏閣に香花を供する法師もいない無住の社であったと言う。
御堂も破壊されて、本尊のみが岩の上に置いてあったと記録されている。
それを、武州鉢形城落城後に内田家の先祖がこの地で堂守となり、25年の歳月をかけて、現在の観音堂へと整備したと見られているのだ。
岩之上堂の境内には、内田家の先祖代々の墓と五輪の塔が建てられている。
札所の多くは僧侶が開山、管理しているが、岩之上堂は宗教僧ではないにもかかわらず、内田家が江戸時代の初期から現在に至るまで400年以上にわたって個人で守り続けているものだ。
その偉業に感謝し、五輪の塔に手を合わせる地元の人は少なくない。
本尊の観音像については、次のような言い伝えが残されている。
この地の出身であり、ほかで暮らしていた者が、故郷の母が体調を崩したため、母の看病のために実家へ帰るべく、荒川を渡ろうとしていた。
だが、大水で舟がなくて困っていると、突然、子供が漕ぐ小舟が現れて渡してくれたと言う。
これは観音様が子供に姿を変えて助けてくれたのだと言われている。

岩之上堂
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