19歳と33歳女性の厄除け寺,秩父三十四箇所第19番札所 飛淵山 龍石寺。

秩父三十四箇所第19番札所の飛淵山 竜石寺は女性の19歳と33歳の厄除けに御利益があると言われており、毎年1月18日の縁日は厄年の女性で賑わい、厄除け祈願をする人が行列を作る勢いだ。
また、観音堂の内部には閻魔大王をはじめ、地獄で審判を下す十王像など、冥途の恐怖を強調する彫刻や飾りなどが多いのが特徴だ。
閻魔大王の裁きを受けて、天国に行きたいと願う人、地獄に落ちて十王の裁きを受けるのを怖れる人が、この堂を訪れて恐怖を抱き、よい功徳を積む、それまでの悪行を改め、精進するという場所と見ることもできる。

19歳と33歳女性の厄除け寺,秩父三十四箇所第19番札所 飛淵山 龍石寺。

龍石寺は埼玉県秩父市にある曹洞宗の寺で、秩父三十四観音霊場の第19番札所だ。
本尊は千手観世音菩薩だ。
御詠歌は「あめつちを 動かすほどの 龍石寺 詣る人には 利生あるべし」である。

飛淵山 龍石寺へのアクセス

住所:〒368-0011 埼玉県秩父市大畑町15−31
最寄駅:埼玉県秩父市大畑町15-31駅
徒歩:秩父鉄道大野原駅から徒歩で約15分

前の札所「神門寺」 || 次の札所「岩之上堂

飛淵山 龍石寺のみどころ

参道を入ると六地蔵像が出迎えてくれ、その上の岩盤に観音堂がそびえている。

観音堂

写真をよく見ると荒川の浸食でできた河岸段の丘上に露出した大きな岩盤の上に、龍石寺の本堂が建っているのがわかる。
全国的にも珍しい巨大な岩盤の上に君臨する観音堂に、驚く人も多いはずだ。

七間半四面の大きな堂で、そりの大きい宝形屋根、向拝が付いている。
内陣は中央に四天柱を建てて周囲が虹梁でつながれ、その背面に本尊の千手観世音菩薩が安置されているのだ。

本尊の千手観世音菩薩は寄木造り、坐高約46cmの坐像で、室町時代の作と言われ、弘法大師が勅命によって製作したとの言い伝えもある。
観音像は古くより、当地の村人に深く信仰されてきた。
虫害に悩まされた際には観音像に祈願すると虫を退散してくれ、旱魃の際には岩盤を割って出た龍が雨を降り注いで助けてくれたとも伝わっている。
そのため、古くより、厄除け観音として信仰されてきた。

三途婆堂

さらに、本堂の隣には、三途婆堂(さんずばどう)が建てられている。
ここには、三途の川の川辺で死者の服を剥ぎ取ると言われる、奪衣婆(だつえば)の座像が祀られているのだ。

三途の川で、死者の服を剥ぎ取る鬼婆とは、なんとも不気味であり、恐ろしいが、龍石寺の奪衣婆は、実は、「子育て婆さん」として愛されている。
どんな御利益があるかというと、子供の病気を治してくれると言うのだ。
そのため、子供連れで訪れる人や子供や孫のために手を合わせる巡礼者の姿が少なくない。

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龍石寺の歴史

龍石寺の縁起は、新編武蔵風土記によれば、地域で干ばつが起こり、雨乞いをしたところ、岩盤の中から龍が立ち登って、雨を降らしてくれたとの言い伝えが残されている。
本尊となる千手観世音菩薩は、弘法大師が弘仁の朝に大師勅を受け、帝の御悩平癒を祈願するために、手彫りしたものとも記されている。
千手観世音菩薩は村人たちの、幾多もの苦難を霊験によって救ってきた。
蛇や虫を退散させてくれたり、干ばつの際に雨を降らしてくれたりというものだ。
一方、寺の縁起によれば、昔、この地域に大旱魃があった際、弘法大師が天皇の勅によって、雨が降るよう祈祷を行ったと言う。
すると、大盤石が2つに割れて、神泉苑より龍が昇天し、雲を呼んできたと言うのだ。
たちまちに雨が降り、人畜草木が蘇り、大豊作になったとの言い伝えもある。
弘法大師が自ら祈祷して、龍が現れたという点が違うが、干ばつを救ってくれたという点では合致している。
もっとも、地域の人々に御利益をもたらしてくれた観音像がある龍石寺だが、戦後の昭和30年代には荒廃が進んでいたと言う。
その際、地元の青年たちが立ち上がり、巡礼姿で托鉢を始めたと言うのだ。
地道な托鉢で浄財が集められ、現在、岩盤に建っている立派な本堂は昭和48年に復元されたものである。
復元される際、宝永二年の墨書が発見されたと言う。

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