八重姫の墓「八重姫御堂」がある静岡県伊豆の国市の眞珠院,ご利益は恋愛祈願など。

静岡県伊豆の国市にある眞珠院(しんじゅいん、真珠院)というお寺には鎌倉殿の13人のヒロインでおなじみの八重姫の墓(供養塔)がある。正式には「八重姫御堂」とよばれ、悲劇的な最期をむかえた八重姫を供養するために建てられたものであるという。八重姫ゆかりの地をまわりたい人には外せないスポットだ。
なお、伊豆地方で八重姫ゆかりの場所を探している人には音無神社稚児ヶ淵などもオススメしたい。

おすすめ度

評価 :4/5。

眞珠院の個人的評価

北条政子の産湯の井戸北条氏邸跡をまわった後に到着。ちょうど山を一周するような位置にスポットがある。近辺には願成就院守山八幡宮もあるので短時間で鎌倉時代ゆかりの史跡に触れることが出来てお得。
レンタサイクルなどで自転車を借りると移動が楽。

八重姫の墓「八重姫御堂」がある静岡県伊豆の国市の眞珠院,ご利益は恋愛祈願など。

眞珠院で得られるもの(ご利益など)
・恋愛祈願はじめ不幸な女性の守り神とされている

眞珠院はこんな人におすすめ
・八重姫ゆかりの地をまわりたい
・最近、身の回りで不幸が多い女性

眞珠院へのアクセス

住所:〒410-2121 静岡県伊豆の国市中條2
伊豆箱根鉄道駿豆線 伊豆長岡駅から徒歩13分


眞珠院のみどころ

山門

掃除の行き届いた綺麗な山門。

逆光がすごくて失礼。

立体的に彫られた龍の彫刻。

八重姫御堂

こちらが八重姫を供養するために建てられた八重姫御堂。

中には八重姫を模した木像などが安置され、その下には供養塔があるとの事だが、残念ながら見れなかった。

この八重姫御堂は、かつて眞珠院の北に所在した満願寺にあったとのことだが、慶応 3年(1867)に眞珠院に移されたという。その後、八重姫への供養も眞珠院に受け継がれ、毎年 4月の第 2日曜日には「八重姫供養祭」が行われているそうだ。

供養祭では、眞珠院住職による読経が行われているそうで、伊東市文化財史蹟保存会や女塚史跡保存会といった円のある団体のほか、一般の参詣者も含めて 200人ほどが参加しており、地元婦人会による模擬店や餅撒きなども実施されているとのこと。

梯子供養

この小さな梯子は「梯子供養」と呼ばれる風習で、八重姫が入水したときにせめて梯子があったら救うことが出来たのに、という気持ちから生まれたもの。

それからは、女性参詣者が自ら造った小さなはしごを供える風習が生まれたそうで、八重姫を不幸な女性の守り神として捉え願掛けをするという信仰が行われているそうだが、願い事が叶った時には必ずお礼参りとして梯子を奉納しなければならないそうだ。

八重姫慕情の歌碑

「伊東まで」さんとは伊東氏の子孫。

八重姫主従七女之碑

これは八重姫の後を追ってなくなった侍女らを供養する石碑。いわゆる殉死というもので、江戸時代に幕府が禁止するまでは普通に行われていたそうだ。


那木の木

「愛のお守り」として、また、「家族平穏のお守り」としての功徳があるそうだ。
那木とは針葉樹の一種で神社などによく見られる。災厄をはらうと信じられて神聖な木として崇められている。

願掛け石

こちらが願掛け石。自分の年齢ぶん手を叩きお願いをすると願い事が叶うとされている。

眞珠院のまとめ

そんな訳で伊豆の真珠院に行ってきた。御朱印は特に貰わなかったが、帰り道にお寺の関係者と思しき女性とバッタリ遭遇

軽く会釈したら気持ち良い笑顔で「こんにちは^^」と挨拶を返してくれた。
きっと、住職も親切な方なのだろう。また伊豆に行くことがあったら、今度は御朱印を貰おうかしら。


眞珠院の概要と解説

眞珠院の歴史

真珠員は鎌倉時代に真言宗としてスタートしたが、室町時代に曹洞宗に改宗に建てられた仏教寺院。
その他の詳細はよく判っていない。

八重姫について

八重姫は平安時代末期の武将伊東祐親の娘で別名は静。
祐親が大番役 のため京に赴いていた間に、伊豆に配流となっていた源頼朝と恋仲になり、男子千鶴丸をもうけた。京から戻ってきた祐親はそれを知って激怒し、子を川に沈めるとともに頼朝を討とうとしたため、頼朝は北条氏の館に難を逃れた。
頼朝に逢いたい一心でこの地に山を越え訪ねたが、すでに北条政子と婚姻関係にあったため、逢うことも出来ず門前払いとなる。

その後、祐親は八重姫を別の人物に嫁がせたが失意のあまり、狩野川の淵に身を投げて命を絶ってしまったと伝えられている。

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