北条時政の墓がある願成就院に行けば、後世に汚名を残すことの惨めさがわかる件。

静岡県伊豆の国市にある願成就院というお寺には北条時政の墓がある。平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武将であり鎌倉幕府の初代執権として、やりたい放題やらかした北条時政に興味がある人にはオススメの場所だ。
何がオススメって、墓石からも伝わる「時政の人望の無さ」である。

おすすめ度

評価 :4/5。

願成就院 の個人的評価

国宝の仏像を拝むだけでも一見の価値アリな寺院(時間の都合で行けなかったが)だが、北条時政の墓目当てで行くのもアリ。

見どころはなんと言っても「墓から伝わる時政公の人望のなさ」だ。鎌倉幕府の初代執権であるにも関わらず、とって付けたように築かれた雑な造りの五輪塔。同市にある伊東祐親の墓の方が遥かに立派な作りをしているし、地元民からも強く尊敬されている畠山重忠(埼玉県)の五輪塔と比べれば、この墓がどれだけショボいかは一目瞭然。

「子孫から軽蔑されると、死んだ後こんな扱いを受ける」という良い見本を拝めただけでも来た甲斐があった。

読者の皆さんには「後世に汚名を残した人間の墓」というものを見つめ、己が人生の反面教師としてほしい。

なお、願成就院のとなりには源頼朝が源氏再興を祈願した守山八幡宮があるほか、近隣には北条時政らが住んでいた北条氏邸跡(円成寺跡)がある。

北条時政の墓がある願成就院に行けば、後世に汚名を残すことの惨めさがわかる件。

願成就院 はこんな人におすすめ

・北条時政の墓参りがしたい
・歴史に興味がある
・鎌倉殿の13人が好き
・貴重な仏像が見たい
・後世に汚名を残した人物の墓を見たい
・評価の低い歴史的人物の墓を見たい
・子孫から軽蔑された人物の墓を見たい

願成就院 へのアクセス

住所:静岡県伊豆の国市寺家83-1
伊豆長岡駅から徒歩13分
注意事項:道中は道が狭いので車に注意。また民家も多いので静かに。ゴミなども捨てないように。


願成就院 のみどころ

史跡願成就院跡

山門の左側を見ると願成就院跡の石碑がある。

『吾妻鏡』によれば北条時政が源頼朝の奥州征伐戦勝を祈願して文治 5年(1189)に建立したとされている。

当時の境内は現在よりもずっと広かったらしく、「臨池伽藍」という大きな池や庭園を備えた鎌倉時代によく見られた様式であったと考えられている。

ここは北条氏の氏寺でもあったようで、北条氏によって度々堂塔の建立が行われるなど隆盛を誇っていたとされるが、十五世紀末に伊勢新九郎の堀越御所攻めにより焼失してしまったそうだ。

しかし、その伊勢新九郎の子である氏綱が後に北条氏を名乗るのだから何とも面白い話である。

山門

こちらが願成就院山門。奥に見えるのが寺院なのだが、こちらは新しく建てられたもので鎌倉時代のものではない。
なお、平地にあっても山門と呼ぶが、本寺院は守山の東麓に位置しているので、まごうことなく山門。

天守君山 願成就院の文字
歴史を感じさせる佇まいである。

本堂

こちらが本堂だが、犬が居たので近づけんかったので遠くから撮影(イヌが怖い人)
犬が怖いので。平気な人だけ覗いてください。

北条時政の墓

さてこちらを進むと北条時政公の墓がある。

こちらが北条時政公の墓。寺の隅っこの方にポツンと置かれている。柵で囲われているが、元はどのような感じだったのだろうか。何というか、墓の造りがシンプルに感じる。というか、ショボい。

柵は近年に作られたものであることは見ればわかるが、これが無いと相当に寂しいことがわかる。
この寺自体が広々とした造りをしているので、余計にそう感じる。

中央の墓石周辺だけを見ると、故人への人望や敬意が全く感じられない造りであることが判る。
特に畠山重忠や伊東祐親の墓を見た後だと余計にショボく見えるのは決して気の所為ではないだろう。

時政、あきらかに尊敬されてない。

というのも、この北条時政。権力拡大のためとはいえ、政敵への謀殺を繰り返しまくっていた事から、当然のように人物評は良くない。

特に時政の孫で第3代執権である北条泰時からの扱いが酷かったようで、義時は勿論、頼朝や政子らは幕府の祖として事あるごとに参詣して歳末の年中行事も欠かさなかったそうだが、時政のみ仏事が行なわれなかったそうだ。

また、泰時以降の子孫からも「初代は義時」とされた事もあったようで、あまりにもあんまりな扱いをされたそうだ。

自業自得ではあるが。

だが、一説によると時政本人は実朝殺害には消極的であり、むしろ継室である牧の方によるものであったとする見解もあるそうだ。

どちらにせよ自業自得ではあるが。

ま、他人を陥れると死後も子孫から軽蔑されるよって事で。

謀殺、ダメ絶対。

ま、死んだ後の事なんて自分が判る訳ないんだけどね


願成就院の概要の概要と解説

願成就院 の歴史

願成就院は鎌倉時代初頭の文治五年(1189)にに建てられた寺院。源頼朝が源氏再興の旗揚げをした際、頼朝を支援していた北条時政が戦勝祈願のために建立。
頼朝の志が成就することを願って建てられたので「願成就院」という訳である。

内部には運慶作の国宝である阿弥陀如来像や不動明王像などの寺宝が並ぶ。

北条時政について

北条時政は鎌倉時代の武将で鎌倉幕府の初代執権。
鎌倉幕府の初代執権に就くなり、いろんな人達を謀殺。
そんなこんなでやりたい放題やってたら息子(北条義時)にブチ切れられて伊豆に追放されちゃった人。
最後は政権に返り咲く事なく伊豆で病死。

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