鎌倉市の畠山重忠邸址はどうしても畠山重忠ゆかりの地をまわりたい人か史跡好き以外は行かなくても良いと思う。

鎌倉殿の13人でおなじみ鎌倉幕府の初期を支えた畠山重忠。その重忠公が住んでいた邸宅跡が鎌倉市内にあるので行ってきたのだが、ただの石碑が置いてあるだけ。

「何でも良いから畠山重忠ゆかりの地をまわりたい」という方以外にはオススメできない。

見物したら源頼朝や北条義時の墓がある法華堂跡を目指したほうが有意義だと思う。

おすすめ度

評価 :1/5。

畠山重忠邸跡の個人的評価

ただの石碑。鶴岡八幡宮から出る際にチラッと確認して別の場所に行こう。

畠山重忠邸跡

畠山重忠邸跡の楽しかったところ
特になし

畠山重忠邸跡で得られるもの
ここに歴史的人物が住んでいたのかという感慨深い思いと現状のギャップからくる諸行無常感

畠山重忠邸跡はこんな人におすすめ
鎌倉市内で畠山重忠ゆかりの地を見たい
畠山重忠が好き
鎌倉時代の史跡に興味がある

畠山重忠邸跡の注意点
民家の前なのでお静かにお願い致します

畠山重忠邸跡 へのアクセス

住所:〒248-0005 神奈川県鎌倉市雪ノ下3丁目2−9最寄駅:○駅
最寄駅は鎌倉駅、徒歩で10分ぐらい。

注意事項:近隣は住宅街なので住民の方々に迷惑がかからないようにお願いします。


畠山重忠邸跡 のみどころ

鶴岡八幡宮内を進んで行くと、大階段を登る手前右側を進んだトコロに鳥居があるので抜けるとすぐに見つかる。

さあ、これが畠山重忠邸跡の石碑だ。これ以上でもこれ以下でもない。ここに畠山重忠の邸宅があったのだ。それ以上でもそれ以下でもない。

畠山重忠邸址(鎌倉市)の画像 2

後ろは普通に民家。鎌倉市内で頻繁に見かける史跡と住宅街がごちゃ混ぜになった構造。
周囲は完全にアスファルトで整理されているので、かつての館跡を偲ぶもクソもない。そりゃあ鎌倉時代の遺跡を残しておくより住宅地として利用した方が経済的なんだろうけど。もうちょっと風情とか何か欲しいところである。

と、いう訳でこれ以上でもこれ以下でもない史跡である。
他に目ぼしいものもないので、サクッと見てサクッと帰るに限る。

畠山氏の本拠地は埼玉。そちらにある史跡の方が見どころが多いのでオススメ。

鎌倉市内で鎌倉殿の13人ゆかりの地をまわりたいなら比企能員邸址の碑や源頼朝や北条義時の墓である法華堂跡などがあるのでそちらを目指したほうが楽しめる。


畠山重忠邸跡 の概要と解説

畠山重忠邸跡の歴史

鎌倉筋替橋の東南にあったとされる畠山重忠邸。このあたりは南御門(みなみみかど)とも呼ばれ、鎌倉幕府の南門があった場所だという。和田義盛による反乱ではこの南御門から和田の軍勢が侵入したという。

畠山重忠とは

畠山重忠は秩父氏が代々継承してきた武蔵国(埼玉県)の武士団を統率する地位(留守所総検校)にある名門に生まれ、かの源義経と共に源平合戦にも参加し数々の功績をあげる。

その武勇と人望により頼朝の時代には常に先陣を務め、死の際には子孫を守護するように遺言を受けるほどの有力御家人だったが、北条時政の謀略により幕府に仇なす謀反人とされ、一族もろとも滅ぼされてしまう。

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