心霊スポット扱いの三河島事故慰霊碑(浄正寺)

国鉄戦後五大事故のひとつ三河島事故。その犠牲者を弔うために建てられた慰霊碑が荒川区の浄正寺(じょうしょうじ)にある。巷では心霊スポット扱いされているが,そんな軽い言葉で終わらせずに日本のダークツーリズム・スポットとして再定義すべきである。

心霊スポット扱いの三河島事故慰霊碑(浄正寺)

三河島事故の死者を弔う三河島観音
三河島事故の死者を弔う三河島観音

「国鉄戦後五大事故」の一つ,三河島事故とは

三河島事故とJR三河島駅

JRにとって三河島駅は特別な場所となっている。現在のJRでは駅構内での一部業務を子会社に委託しているが、この三河島駅では一切の業務をJR本社直轄で運営しているそうだ。

その理由が三河島事故であることは言うまでもない。

何でも,事故が起きた5月3日になると「今日が何の日か知っていますか?」と駅員に尋ねる人が現れるらしく,それに答えられないと本社へ抗議の電話が殺到することもあるという。

被害者遺族にとっては、60年が経った現在でも記憶は風化していないのだ。

筆者は三河島事故についてはリアルタイムでは知らないが、2005年に起きた福知山線脱線事故については記憶がある。

唐突にTVに映された「電車が突っ込み倒壊したマンション」という悪夢のような光景に衝撃を受けたのを覚えている。

普段は当たり前のように利用している鉄道だが,安全や安心というのは決して当たり前のものではなく、いとも簡単に壊れてしまうものである事を痛感させられる。

JRには今後このような事件が起きないように責任を持って運営して欲しいと願うばかりである。

三河島事故慰霊碑のダークツーリズム的にオススメする理由

・戦後史を代表する重大な鉄道事故であること
・職員による信号無視による「人災」要素が強いこと
・安全というのは当たり前のものではないことを実感するため

三河島事故慰霊碑の注意点

・ 道が狭いので車に注意

三河島事故慰霊碑へのアクセス

三河島事故慰霊碑
三河島事故慰霊碑

三河島事故慰霊碑 の場所

住所:〒116-0002 東京都荒川区荒川3丁目53(浄正寺 内)

三河島事故慰霊碑 の 最寄駅

JR常磐線三河島駅より徒歩5分

三河島事故慰霊碑 の 駐車場

駐車場なし

三河島事故慰霊碑 の 写真

三河島事故慰霊碑のある浄正寺の入り口
三河島事故慰霊碑のある浄正寺の入り口

三河島事故慰霊碑 の 写真 その1「 清国山 浄正寺 」

浄正寺の山門
浄正寺の山門
浄正寺の境内
浄正寺の境内

三河島事故慰霊碑は荒川区の寺院「清国山 浄正寺」境内で三河島観音のもとに安置されている。

慰霊碑を見学したい方は 浄正寺 を目指そう。三河島駅から徒歩五分ぐらいで着く。

三河島事故慰霊碑 の 写真 その 2 「三河島事故慰霊碑と三河島観音」

三河島事故慰霊碑と三河島観音
三河島事故慰霊碑と三河島観音

これが三河島観音。事故犠牲者の一周忌の時に建てられたもの。文字は当時の国鉄総裁の十河信二によるもの。

三河島事故慰霊碑
三河島事故慰霊碑

裏にまわると三河島事故の犠牲者の名前が五十音順に刻まれている。

三河島事故慰霊碑に追加された運転士の名前

三河島事故慰霊碑の最後に刻まれた運転士の名前,他の文字と比べると色が妙に薄く,削られた様な跡も見える。
三河島事故慰霊碑の最後に刻まれた運転士の名前,他の文字と比べると色が妙に薄く,削られた様な跡も見える。

五十音順で刻まれていると書かれているが最後に書かれている名前は五十音順ではない。

一説によると事故の原因となった運転士の名前ではないか、というのが通説となっている。

当初は遺族の反対により当初は名前が刻まれなかった様だが、事件から数十年経った後に追加されたものであると云われている。

その是非を語る資格は自分にはないので,この件について触れるのはここまでにしておこう。

三河島事故慰霊碑 の 感想

2000年以降に起きた事件を調べてみると,脱線事故やその他の事故は現在でも起きているようだ。
注意していても起きるときは起きてしまうもの,とはいえ実際に発生した際の影響は計り知れないものがある。

また、近年では いわゆる「無敵の人」による電車内でのテロ行為も頻発するなど、手放しで安心できる状況でないことは確かだ。

だが「電車」という交通インフラを捨てることは不可能である。

我々いち市民に出来ることは二度とこのような事故が起きないよう祈るだけである。

取材協力:ひよこ(Twitter)

三河島事故慰霊碑の三河島観音
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