鳥戸野陵,皇后が眠る風葬地

この鳥戸野陵は一条天皇の皇后・藤原定子の他、平安時代の6人の皇后の火葬場にもなっているほか、鳥辺野は京都の三大風葬地のひとつとして知られている。

鳥戸野陵,京都の三大風葬地があった場所

墓地として転用できる土地が少なかった平安京では,高貴な生まれの者以外は野ざらしの状態で処理されていた。他に鳥辺野の名を冠する場所は延年寺旧跡墓地の鳥辺山墓地などがある。

一方でこの鳥戸野陵には一条天皇の皇后である藤原定子(ふじわらのていし)ほか藤原一族の多くの者が荼毘にふされた場所でもある。

アクセス

住所:〒605-0957 京都府京都市東山区今熊野泉山町55

最寄り駅

JR西日本 東福寺駅

見どころ

鳥戸野陵にいたる参道。

藤原定子は日本の第66代天皇・一条天皇の皇后で、兄の伊周が花山法皇をおどし射ちする事件により出家したが、ふたたび参内に召し上げられ宮彰子 (上東門院 ) とともに一帝二后として天皇を支えた。

『栄花物語』によると藤原定子が亡くなった後は、この鳥戸野(鳥辺野)に葬られたという。死因は三人目の出産が原因であったとされる。出産時、通常なら僧侶たちが傍らで経を唱えるのが常であったが、権力者の藤原道長に気遣って訪れる人が殆どいない有様だった。

宮内庁の管轄ということで、注意書きが書かれている。

反面、一条天皇やは定子の兄弟である伊周・隆家は体調を心配した使者が頻繁に訪れ、その度ごとに贈り物を与える、定子の様子との関係は良好であった。

だが、三人目を出産して2日後のこと。伊周が薄暗い部屋の中で定子の顔に灯りを近づけてみると、そこには既に事切れた定子の姿があったという。

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