ヨアキム・デ・フローリス,千年王国論を唱えた異端者

13世紀のイタリアで千年王国論を唱えたオカルティストがヨアキム・デ・フローリスだ。
卓越した予言能力を持っていた事から「13世紀のイザヤ」とも呼ばれリチャード獅子心王からも十字軍派兵について聞かれたこともあるという。

ヨアキム・デ・フローリス,千年王国論を唱えた異端者

13世紀のイタリアで千年王国論を唱えたオカルティストがヨアキム・デ・フローリスだ。卓越した予言能力を持っていた事から「13世紀のイザヤ」とも呼ばれ、リチャード獅子心王からも十字軍派兵について聞かれたこともあるという。

1145年頃、南イタリアのカラブリア地方の町チェリコに生まれた。
シトー会のカラブリア修道院の院長を務めた後、1196年に自らの聖書解釈に従いフィオーレに自分の修道会を開くが、この修道院設立時に神からの啓示を受けた千年王国論を展開する。

ヨアキム・デ・フローリスとは何をした人物か?

・イタリアの修道士で神秘主義者
・黙示録的預言者として千年王国論を唱える
・彼の唱えた終末論的な思想は「ヨアキム主義」として13世紀の西方異端思想やシェリングやヘーゲルなどの近世ドイツ思想家達にも影響を与えた。

ヨアキムの経歴

南イタリアに生まれたヨアキムは、パレルモの宮廷に仕えた後、エルサレム巡礼に行き、イエスゆかりの夕ボル山で聖書についての啓示を受けた。

これを期に、神に生涯を捧げる決意をしたヨアキムはシトー会の修道院に入る。

その優秀さから修道院長になったが、多忙から瞑想と著述の場を求めて南イタリアのフィオーレに居を移し、この地に新たに修道院を開設。

以後ここを拠点に活動を行ったが、この修道院設立に至る1190~1195年のある時期に、ヨアキムは神からの啓示を受ける。

一度目は復活祭前夜、もう一度は聖霊降臨祭。この時の啓示で彼は神秘主義的・秘教的な聖書解釈の道を開いた。

千年王国論とヨアキム主義

千年王国論とは、世界の終末と最後の審判に後にあらわれる救世主によるユートピアのこと。

神と悪魔に代表される善と悪との戦いの合間、最後の戦いのときを迎える前の、平和で争いのない千年間を指し、支配され苦しんでいる者たちにその代償として約束された王国である。

シリア王によるユダヤ教徒迫害や、ローマ帝国によるキリスト教徒迫害の中で成立し、中世以降も抑圧に苦しむ人々の間で急速に広まっていく。

歴史という形で現実化していく秘められた神の計画を、聖書から読みとることができるという発想が、啓示以降、ヨアキムに宿ったのである。

ヨアキムは、世界の終末までの歴史を、三位一体論にならって父・子・聖霊の3つの時代に分け、千年王国を「聖霊の時代」と位置づけ、この千年王国をが現在の時代である「子の時代」の後に必ず訪れると考えたのである。

そして新旧聖書の解釈を通して「父の時代」とは旧約聖書の時代であり、子の時代はイザヤのメシア預言の時代から1261年まで、当時から数えてあと60年ほどで終わると計算したのだった。

異端認定と予言の失敗

ヨアキムの聖書解釈はローマ教皇からたびたび警告を受けていたが、遂に著作の「三位一体論」が1215年に異端の判決を受ける事になる。

そして、1261年を過ぎても千年王国の時代は訪れなかった。
彼の予言は外れたことになるが、しかしヨアキムの影響は収束することなく14世紀以降の千年王国運動はじめ近代の革命運動に至るまで受け継がれることになる。

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